「気をつけてお帰り」

何年も前のことですが、 児童相談所から福祉事務所に転勤した直後、 わたしはそれまでの仕事で、ずたずたぼろぼろになっていました。 とても前向いて仕事ができませんでした。 そんな中、家庭訪問が一ヶ月にたった3件なんて月もあったりして、上司から 「何してたの?」 なんて言われて、自分でも何をしてたんだろ?と思ったりしたこともあります。 そんなときに癒してくれたのは、 クライエントのおばあちゃんだったり、おっちゃんだったりしました。 家庭訪問を終えて帰るとき必ずといっていいほど、 『気をつけてお帰りね』 と言ってくれます。 そう言ってもらえると、本当にその言葉に守られるような気がしました。 何の因果かわからないけれど、病気だったり何かで、 その人自身つらい状況なのに、 他人のわたしの帰り道を心配してくれました。 そんなこと言ってくれたって、 1円だっておばあちゃん達の生活保護費を増やしてあげられるわけでもありません。 おばあちゃんだって、そんなこと期待していないと思います。 損得を越えたものがそこにはあると思います。 お金も人間の作ったものですが、『気をつけてお帰りね』というのも大事な人間の生活です。

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コンピュータの勉強がしたい

おかあさんは困っていました。 大学受験に失敗したさとるくん。 ショックもあって、ぼーっと過ごしていました。 去年も今年も。 家にお金がないことは、彼自身とてもよくわかっていて、 何事にも文句を言うことなく育ってきました。 ご飯もあんまり食べないし、小遣いをくれとかぜいたくを言うこともありません。 でも、これからどうしていくか、その一歩を踏み出せなかったのです。 高校生の頃にはアルバイトをしたことがあったのですが、 今はそれもできないようです。 わたしは、彼と一緒に相談機関に通って、どうしていきたいと思うのか、 ゆっくり考える時間を持ちました。 そうして考えた結果は、どうやら彼は、コンピュータの勉強をしたいようです。 それも本格的に。 つまり、わたしがちょっとインターネットをするような程度ではなく。 コンピュータの世界もたいへんだとは思います。 しかし、何もしないよりずっといいと思うのです。 奨学金を借りて自分の力で勉強を始めようと動き始めた彼。 いろいろ迷った時間も決してムダではないのだと思います。 大きくなるまでって、たいへんなのです。

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自立を支援する

母子生活支援施設に入っている人が、 施設を出て故郷のこちらに帰ってくるという。 ところが、話がなかなかスムーズに進まない。 施設を出てアパートで暮らすに当たって、 ふとんなどの家財が必要だし、それを運ぶ運送費もいる (施設では、そろっているから何もなくても暮らせる)。 それらの費用を出すとか出さないとかもめている。 施設の支援員はそうした費用を『今月分の生活費でまかなえ』といっているらしい。 しかしそんなことをしたら今月食べてゆけなくなるではないか? 引っ越し費用の見積もりをとってくださいといったところ、 『施設はそんなことはできない』という。 もちろん第一義的には、そうしたことは本人のすべき仕事ですが、 施設の支援員って、本人と一緒にそういった課題を取り組むのじゃないのか? 制度の活用ではなくて、できるだけ制度を使わないことばかり考えている気がする。 ちゃんと自立することと、頼るべきを頼らないのとは違うと思うのだが。

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なぜか癒される

治男じいさんは、刑務所に何度も入ってきたひとである。 刑務所に入った理由は、窃盗だとか競馬の予想屋をしていたためとか。 彼は、一時は会社を興して経営者であったこともあるという。 もっとも、会社をおこす自己資金は盗んだ金だったそうだが。 競馬の予想屋をしていただけあって、彼に競馬を語らせると熱い。 彼によれば中央競馬は当たれば大きいから、5回に1回当たれば十分元が取れるそうだ。 ホントかな? あまり面白そうに語るから、わたしも思わず引き込まれて、 彼を連れて競馬場に行こうかと思ったぐらいだ。 気のいい彼は、お金があると友達におごったりしてぱあっと使ってしまう癖があって、 その次の日から一文なしで暮らすのである。 そんな、はちゃめちゃな治男じいさんだが、 そしてなんだかんだとものすごく手がかかる彼なのだが、 彼と話をしているとなぜか癒されるわたしがいる。 白髪のヒゲがいいのかな?

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保護費はいくらですか?

クライエントが窓口にこられた。 担当のケースワーカーがいなかったので、 わたしが代わりに応対した。 「お給料が今月多かったのだけど、生活保護費はひどく下がるのか心配で」 という。 ほとんどのクライエントは、生活保護費の詳しい計算の根拠を知らない。 知らされていない。 ホントはこれはよくないことだ。 よく『計画的に生活してください』とクライエントにいってるのに、 クライエントが自分で計算できなければ、計画がたてられない。 先日、わたしは担当するクライエントに、 最低生活費(生活保護の基準額)と収入認定の額を書いて渡したら、 必要経費の控除額がまちがっていた。 後になってからわかった。 謝りにいかなくちゃ。 これで生計をたてているんだから、まちがっていたらおおごとだ。 『保護費がなぜこんな金額なの?』 という問い合わせの電話はよくある。 どうしてこの金額なのかは、かなり複雑な問題である。 これを電話で相手にわかるように説明ができる人がいたらぜひ、お目にかかりたい。 こんなのは紙に書いて説明しなくちゃ、 言ってる本人だってわからない。 でも、電話で説明を済ませてしまうケースワーカーもけっこういる。 それは説明というより、『聞いてもしかたない』と思わせているだけではないかと思う。

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腹違いの兄弟

生活保護では、扶養義務者からの援助がまず優先されるとして、 クライエントの扶養義務者に対して、援助ができるかどうかをたずねます。 扶養義務者とは、三親等内の血族ということで、主には親子兄弟などです。 そうした身内の人の存在は、金銭的な援助だけでなく、輸血や手術の同意をしてもらったり、 精神的なささえになったりと大切なものですが、 そうしたつながりに恵まれない人もいます。 兄弟はいないのだけれど、腹違いの兄弟ならいる、という人がいます。 菊子さんは、『腹違いのお兄さんがいるのだけれど、どうしているか気掛かり』といいます。 彼女は、これまで各地を転々としてきた上に、長年行き来をしていないから、 お兄さんの住所がわからないのです。 腹違いの兄弟に「扶養義務」を求める福祉事務所の文書はあんまりなので、 わたしはお兄さんに手紙を書きました。 『あなたの妹さんの菊子さんは、今こちらで体を壊して生活保護を受けて暮らしています。 できれば連絡をとってあげてください。』 お兄さんから菊子さんに連絡がきたそうです。 お兄さんも、体が悪く年金暮らしで何か送ってやりたいがそれもできないと。 菊子さんはとっても喜んで、今度お金を貯めて遠い故郷に帰ってみるといいます。 春男さんは、連絡がつく兄弟がいないので、 やむなく腹違いの兄弟にわたしが手紙を書きました。 『春男さんは今ここで暮らしているのですが、とても寂しい状態なので、 手紙などいただけたらありがたいのですが。』 その兄弟からわたしに連絡がありました。 『あの子は私の父が外の女に生ませた子で、 しかも迷惑ばかりかけて少年院や刑務所に入ってきた。 一切関わりたくないしこちらの住所も教えないでほしい。』 外の女に生ませた子と見られて、そんな扱いを受けてきたら、 誰だっておかしくなるのではないか?とわたしは思いました。 春男さんは話さないけれど、つらい子ども時代をすごしたのかもしれません。

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手仕事がしたい

ひきこもっていた梅子さんが相談機関に通いはじめて1年になりましょうか。 無理なく通えて、これからのことを考える時間を積み重ねてきました。 彼女は何がしたいのでしょうか? 「手仕事がしたい。職人みたいな仕事がしたい」といいます。 人付き合いが苦手な彼女のことです。 お店の店員になるとかはまずムリ。 しかしものづくりならば向いていそうです。 でも、いまどき職人みたいな仕事が、果たしてあるのでしょう? いわゆる伝統産業は壊滅的な状況の今日の日本ですが。 あるいは収入面・待遇面でぜいたくを言わなければあるのでしょうか? うまく合った職場が見つかるといいのですが。

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施設に入る

様々な事情で家で暮らすことが困難な人がいます。 治男さんもそんな人の一人です。 彼はお金が入るとつい気が大きくなって、 ぱあっと使ってしまいました。 そんなことが続いてアパートの家賃を払わずにいたので、 家をなくしてしまいました。 体は悪いし放り出すわけにもいかないので、 施設を探すことにしようかと提案しました。 彼は初老とはいえぼけてもいないし(ただお金を計画的に使えない)、 施設に入ることにはかなり逡巡したのですが、他に手はないとしぶしぶ同意しました。 正しいかどうかは別にして、わたしのところの自治体の運用では、 住んでいる家がなくなってしまえば、自治体に生活保護をする責任がなくなるとされて、 生活保護が切れてしまいます。 切れてしまっては困るため、切れない策を考えるのです。 アパートで暮らす最低の条件の、家賃や光熱費や食費を払っていく、 ということができない人は、施設を考えるべきかとわたしは思いました。 さて、すぐに入れる施設は限られていて、隣の県の施設に申し込みしました。 見学してから実際に入るまでの待っている間、彼は施設での生活にとても不安を感じていました。 知り合いもいない隣の県で、何をして過ごせばよいのだろう、 何を楽しみに生きればよいのだろうと思うのでした。 施設に入る前の晩は眠れなかったようです。 さて、施設に行くと直接ケアをする職員の人たちは優しそうでしたが、 “長”のつく人はとても威圧的で、 「集団生活のルールが守れない人は出てもらってけっこう」、という感じでした。 入所の日の面接は、暖かく迎え入れる雰囲気というより、 守るべきルール(外出のこととか禁酒とか)を冷たく言われた感じでした。 こんな施設ばかりではないと思いますが、いやな感じでした。 彼が、ここで我慢できなかったらどうしたらよいだろう?と考えました。

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面接室のかざる絵

梅子さん(20歳)は、ひきこもりで相談機関に通っています。 以前は、デザインの道に進みたいという希望をもっていましたが、 今はまたどの道に進むかは思案中です。 デザインの専門学校への進学を考えたこともあったのですが、 多額の学費を前に本人が躊躇して断念しました。 奨学金という借金を抱えるのは本人なのだから、考えるのも無理はありません。 またデザインという分野は、自動車整備士や看護師のような、 就職が確実な分野でないことも気になりました。 好きなことが必ずしも職業になるわけではありません。 ただわたしは、勉強したことが自信につながればいいなと思いました。 さて、そういうこととは別にして、わたしは彼女に絵をかいてくれるよう頼みました。 以前から福祉事務所が殺風景なのが気になっていたわたしは、 面接室にかざる絵がほしいと思いました。 わたしが描いてもいいのですが、やはり餅は餅屋。 思ったとおり彼女は素敵な絵を描いてきてくれました。 うれしい! 面接室が明るくなります。

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若いときにこそ

まことくんは、高校を卒業はしたけれど、その後の進路が決まらないまま、家にいる若者です。 相談機関につなぐことにしました。 はじめはおかあさんが、次に彼自身が相談機関に出向くことになりました。 彼と話をすると「行ってみる」と言ってくれました。 いく当日家に、彼を迎えにいって一緒に相談機関にいきました。 彼は『コンビ二でバイトしようかな』といいました。 それも悪くないけれど、一つには昼夜逆転するより昼間に起きて働く習慣を身につけた方がいい。 それから、誰にでもできる仕事より、20歳からの10年間しっかり覚えて身につく仕事を、できれば正社員でした方がいい。 ただ働くだけでなく、手に職がつけられるような仕事がいい。 それから、勉強をしたいということであれば、それも応援すると言われました。 仕事をするにしても、自分だけで考えていてもなかなか前には進まないから、 定期的にこの相談機関に通ってこないか?という話をされました。 この相談機関のいいところの一つは、若い人が夢を追って、進学することも含めて、 とても勧めてくれることです。 仕事ばっかりということではありません。 わたしがうれしいと思うのは、ここの人が、彼らの幸せを本当に願ってくれるということです。 これは当たり前のようでありながら、決して当たり前のことではありません。 対人援助をしている人が、自分が苦労したがゆえにひとの(子どもたちの) 幸せを祈れないことが実はあるからです。 こうした出会いが、まったく偶然にせよできて、それがひろがってゆく。 たまたまわたしたちに出会えて、彼は幸せなことで、 また彼もひとの幸せを祈れる人に育ってくれることと思います。

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